75 槌頭(つちんど)
貯水池に沈んでしまった村に石川という所がありました。石川には池がたくさんあり、槌ヶ窪(つちがくぼ)の池もその一つです。
昔、槌ヶ窪の池の廻りはずっと家がなく、松が生い茂り灌木があたりをふさいでいました。山には猿や狐、狸などが棲み、深い谷には人影もなく林と池に囲まれていました。水は海のように豊かに、ひでりの時も涸れることなく四季の姿をうつしたそうです。
そこに槌頭という大蛇が棲んでいました。槌頭とは頭が槌の形をした蛇で、槌ヶ窪の地名の由来ともいわれます。
その蛇が槌ヶ窪の主だったのでしょうか。元禄年間御料林の払下げがあり、立木を伐り払うと池の水はへり、大蛇はどこかへ行ってしまい再びその姿を見た者は槌頭(つちんど)ないといいます。
これは狭山の栞に書かれている伝説ですが、今もそのいい伝えが語りつがれているのでしょうか。 槌ヶ窪の池は今は隧道の奥にあり、貯水池が出来るまでは田用水としてたんぼの稲をうるおしていました。よしの生えている淋しい所で、そこに大きい蛇がいてのまれるから行ってはいけないと子どもたちはいわれていました。蛇が通ったあとか草が巾広くなびいているのを見たという人もあります。
水が冷たくうっそうと茂った木にあたりはうす暗かったでしょうし、近よるなといわれなくても湿った空気やふむ枯草の音にもきもを冷やしたことでしょう。お年寄りに聞いた子供の頃のことです。
(『東大和のよもやまばなし』p167~ 168)